第5回 無線通信技術の発展を陰で支えた技術者 猛勉強と好奇心が大発明を生む

2013年1月

第5回 無線通信技術の発展を陰で支えた技術者 猛勉強と好奇心が大発明を生む

まったく不本意だった。

中沢祐三氏は、東北大学において、当時最先端技術だったマイクロ波通信を学んだ。「社会に出たら、大学で学んだマイクロ波通信技術の知識を生かし、戦後日本の復興に一役買いたい」。そう強く思った中沢氏は、社名に通信機が付く「東洋通信機」を就職先に選んだ。

意気揚々。東洋通信機に入社したのは1953年(昭和28年)である。もちろん、東洋通信機には無線通信機部門がある。てっきり、その部門に配属され、実力をいかんなく発揮できると信じて疑わなかった。期待で胸は膨らむばかり。ところが、である。配属先として言い渡されたのは、まったく思いもよらなかった水晶部門だったのである。同氏は、愕然とした。「なんで水晶。どうして無線通信機部門ではないんだ」。

当時の同氏の水晶に関する知識といえば、「ハンコや装飾品に使われる材料」程度しかなかった。「そんな材料に関する部門に、どうして俺が・・・」。

火事で何もすることなし

さらに入社後、中沢氏に追い打ちをかける事件が発生した。東洋通信機の水晶部門が入っていた建屋が火事となり、仕事場を失ってしまったのだ。水晶部門に入って、同氏が最初に手掛けた仕事は、水晶デバイスの検査だった。しかし、検査装置も火事ですべて燃えた。仕事をしようにも、水晶デバイスもなければ、検査装置もない。これでは、仕事を進められない。「さて、どうしようか・・・」。途方に暮れるばかりだった。

そんなとき同氏は、水晶部門で働き始めてから、心に引っかかっていたことを思い出した。それは「この職場には、水晶デバイスに関する理論を熟知している人が少ない」ということだった。もちろん、設計や製造、検査などに関するノウハウを持った技術者はたくさんいた。つまり、当時の東洋通信機の水晶部門は「高レベルの職人集団」だったわけだ。その理由は、当時親会社だった日本電気(NEC)との関係にあった。水晶デバイスの開発は日本電気が、その設計と製造は東洋通信機が受け持つという構図が出来上がっていた。そのため、東洋通信機には、水晶デバイス理論を熟知する人が少なかったわけだ。

火事で職場を失ったため、担当していた仕事は当分できそうにない。「それなら、水晶デバイスの理論をゼロから勉強しよう」。一念発起した同氏は、水晶デバイスの文献を片っ端から読破した。特に、理論については、当時、水晶デバイスに関する唯一の技術書だった「圧電気と高周波 注1」を隅から隅まで読んで学んだ。火事が起きてから新社屋が完成するまでの約1年間。同氏は猛勉強によって、水晶デバイスの知識なら社内で右に出るものがいない存在に成長していた。

注1)「圧電気と高周波」の著者は、我が国における水晶振動子の草創者である古賀逸策である。同氏は、東京大学や東京工業大学で教授を務めた。

大役を任される

中沢氏が入社した当時、日本ではまだ水晶フィルタというもの自体がごく限られた用途でしか使われていなかった。東洋通信機で製造していた水晶デバイスといえば水晶振動子のみ注2)。フィルタも製造していたが、それはLCフィルタだった。LCフィルタとは、L(インダクタ)とC(コンデンサ)を組み合わせて所望の周波数特性を得るもの。共振の鋭さ(Q)を高くとれないため狭帯域のフィルタには向いていない。

入社してから2~3年たったころの話だ。日本電信電話公社(当時、現在はNTT)から、伝送線路のパイロット信号注3)を扱う450kHzの狭帯域フィルタの開発の話が舞い込んできたのだ。このフィルタは、通過帯域が数百Hzと極めて狭い上に、周囲温度に対する周波数安定度についても、Q(フィルタの「キレ」と挿入損失を決める)についても高いレベルが欠かせない。LCフィルタでは到達できないレベルだった。

要求に応えるには、水晶フィルタの技術を利用するしかほかにない。しかし、水晶材料が本来備える特性を生かした狭帯域フィルタは、日本ではまだ実現されていなかった。つまり、今回のチャレンジは、日本初の試みとなる。この仕事の担当者として、白羽の矢が立ったのは中沢氏だった。まだ20代の同氏に大役が与えられたのだ。やっと、実力を十二分に発揮する機会が訪れた。うれしかった。とても、うれしかった。

しかし、日本初の試みである。開発は一筋縄には進まない。最大の問題は、「特性が安定し、なおかつQが高い水晶振動子をいかに実現するか」にあった。周波数は450kHzと低い。このため輪郭振動モードを用いた水晶振動子を使う必要があった。輪郭振動モードでは、水晶板の外周部がすべて振動する。したがって、支持する場所がない。外周部には振動の節となる部分があったが、そこを支持しても振動を邪魔してしまい、その結果、Qが低下してしまう。

そこで当時は、水晶板の中央付近のまったく振動しない部分に凹みを作り込み、ここに針状のバネを押し当てて、その接触によって保持と導通を行う構造を採用していた。しかし、この構造だと、わずかな振動や衝撃が加わっただけで、接触状態が変化する。それによって特性も変わる。これでは特性が安定しない。このため高い信頼性が求められる用途では使えなかった。

どうすれば、この問題を解決できるのか。悩んでいた、そのときである。上司から、日本電信電話公社(電電公社)の電気通信研究所に行くように命じられた。輪郭振動モードを使った水晶振動子の特性の安定化と高Q化に必要な保持技術を習得するためである。電電公社では少し前から、輪郭振動モードを使った水晶振動子の特性の安定化と高Q化の重要性を認識し、東京大学の指導で支持技術の開発に取り組んでいた。そこで誕生したのがワイヤーマウント注4)技術である。この技術は、水晶板の中央にリード線を取り付け、水晶板を宙づりする形で支持するもの。針状のバネによる接触ではなく、リード線を直接接着する方法に変更することで、高Qは維持しながら格段の特性の安定化を達成した。

中沢氏は、寝食を忘れるほど、開発にのめり込んだ。この結果、ワイヤーマウント技術を完璧に習得し、電電公社が求める450kHzの狭帯域フィルタの開発に成功した。そして、このフィルタは、全国に張り巡らされた電電公社の伝送線路の要所要所で活躍した。

注2)当時、製造していた水晶振動子は、そのほとんどがATカット、もしくはBTカットの厚みすべり振動子だった。カットとは、水晶結晶から基板を切り出す際の角度などを表す名称で、ATカットは古賀逸策、BTカットは東洋通信機の依田博が発明した。これらのカットで製造した水晶振動子の周波数範囲は、おおよそ1M〜40MHzであり、その用途は無線機の水晶発振器だった。

注3)信号を伝送する際に、どの伝送先でも信号レベルが同程度になるように補正処理をかける必要がある。この処理の際に、信号レベルをモニターするために使われる信号をパイロット信号と呼ぶ。

注4)ワイヤーマウントとは、低周波の輪郭振動子において高いQを実現するために東京大学の高木昇教授と尾上守夫教授の下、日本電信電話公社(現在のNTT)の電気通信研究所で昭和27年(1952年)ごろに開発された振動子の保持技術。「当時としては画期的な技術だった」(中沢氏)という。

和魂洋才

日本電信電話公社から依頼された開発案件で大成功を収めた中沢氏。成果には満足していたが、その余韻に浸っている暇はなかった。ワイヤーマウント技術の習得に励んでいた最中から考えを巡らせていた「あるデバイス」が頭から離れないからだ。

同氏は、猛勉強に明け暮れたあの1年間の後も、水晶デバイスに関する独学を続けていた。米国の学会誌や技術雑誌を読むことはほぼ日課だった。その中に、興味深い記事があった。それは、米Collins Radio社(現在のRockwell Collins社)が開発した金属(鉄)利用のメカニカル・フィルタというデバイスに関する記事だった。

金属利用のメカニカル・フィルタとはどんなものなのか。それは、円柱状の鉄製共振子を複数個、カプラ(結合子)で接続したものである。このフィルタに信号を入力すると、共振子の外形寸法で決まる周波数の信号成分のみを出力から取り出せる。得られるフィルタ特性は高い。通過帯域と阻止帯域の周波数差が極めて小さい「キレ」が良いフィルタ特性を実現できる。ただし、欠点があった。温度特性が悪いことだ。動作温度が変化すると、フィルタ特性が大きく変化する。この結果、無線機の受信特性が劣化してしまうのだ。

この欠点の原因は、金属(鉄)材料にあった。金属材料は、周囲温度が変化すれば、それに応じて材料特性も変わる。そのためフィルタ特性が変化してしまう。もちろん、実際に使われていた金属材料は温度特性に配慮した合金だったが、それでも温度安定性に関しては水晶材料の比ではない。水晶材料は周囲温度が変化しても、材料特性がほとんど変化しない。しかも、小型化が容易である。

中沢氏は、日本電信電話公社の電気通信研究所で閃いた。「いま学んでいるワイヤーマウントを使えば、Qの高い水晶振動子が実現できる。そして複数の振動子の間を機械的に結合させるメカニカル・フィルタというアイデアを水晶材料で実現すれば、フィルタ特性と温度特性の両方に優れた小型フィルタを実現できるはず」。同氏は休むことなく、次なる開発課題に取り組んだ。その結果、誕生したのが「クリスタル・メカニカル・フィルタ(CMフィルタ)」である注5)。これは、水晶基板を「H」字状に加工したフィルタ素子であり、左側と右側にある細長い部分が共振子として機能する(図1)。そして左右をつなぐ中央部がカプラの役割を果たす。文字通り、「メカニカル・フィルタをクリスタル(水晶)材料で実現した」わけだ。

このフィルタをSSB(Single Side Band)方式の無線機用455kHz中間周波数(IF)フィルタとして市場に投入した。水晶材料で実現したため、フィルタ特性が良好な上に、温度特性も優れている。こんなフィルタは、かつてなかった。このため、世界中で売れに売れた。おまけに、この技術には、科学技術庁注目発明賞という栄誉も与えられた。

注5)CMフィルタの開発に際しては、当時、東洋通信機の技術顧問を務めていた茨城大学の本多誠一教授の指導を受けた。


図1:発展型CMフィルタの実験サンプル
開発当初は、H字型(2エレメント)だったが、CMフィルタの特性をさらに急峻にするために、4エレメントの振動子を試作して実験した。最外側の金色のエレメント(金電極)の中央部(表裏)にそれぞれワイヤー(計4本)を接続し、これらのワイヤーで振動子を宙吊りした(ワイヤーマウント)。なお、量産では、生産性などを考慮し、2エレメントの振動子を採用した。


CMフィルタでは対応できない

CMフィルタが国内市場で売れ始めたころ、ビジネスを海外市場にも広げようと中沢氏の上司が米国に出張した。そして、超短波無線機に向けて米国で販売されていた10.7MHzの水晶フィルタを土産代わりに帰国した。

短波無線機では、10MHz程度の短波信号を455kHzの中間周波数を介してベースバンド信号に変換する。従って、国内市場におけるIFフィルタといえば、455kHzが当たり前だった。ところが超短波無線機では、100MHz程度の信号を2段階の中間周波数を介してベースバンド信号に変換する。1段目が10.7MHz、2段目が455kHzだった。新しいアプリケーションである超短波無線機に向けた10.7MHzのIFフィルタは、国内の技術者の目には新鮮に映った。

このIFフィルタは、ATカット水晶振動子にインダクタやコンデンサなどの受動部品を組み合わせて構成されていた。「出遅れてなるものか」。東洋通信機も当初はこのIFフィルタと同様に、水晶振動子と受動部品の組み合わせで対応した。しかし、そもそも超短波無線機は携帯用途を想定して開発されたもの。無線機の小型化に対する要求は切実だった。そのためには、既存のIFフィルタでは大きすぎた。小型化が絶対に欠かせない。そこでまたもや中沢氏に白羽の矢が立った。

開発に取り組んだ当初、同氏はCMフィルタの原理をそのまま適用しようと考えた。ところが思うようにいかない。適用したものの、狙った通りのフィルタ特性が得られないのだ。

原因は、周波数の違いにあった。短波無線機で使う中間周波数は455kHz。一方、超短波無線機に使う初段の中間周波数は10.7MHz。CMフィルタでは、左右の共振子の長さや厚さを一つ一つ機械的に削ることで特性を微調整していた。しかし、周波数が高くなればなるほど、外形寸法が小さくなるため高い精度での調整が強いられる。周波数は2けたも高い。もはや、作業者が対応できるレベルではなかった。このため、希望するフィルタ特性が得られなかったのだ。

世紀の大発明

しかし、こんなことで慌てる中沢氏ではなかった。実はすでに腹案があったのだ。ここでも研究熱心な彼の性格が幸いした。

同氏は、純粋な技術的な興味から、ATカットの水晶基板がどのように振動するのかについて部下にこと細かく調べさせていた。その結果、ATカットの水晶基板には、電極内で振動の変位方向が複数に分かれる「インハーモニック・モード」と呼ばれる異なる振動モードがたくさん存在することを突き止めていた。

ここで振動モードについて簡単に説明しておく。水晶基板の表裏に対向する電極を設けて、これに交流電荷を印加すると、基板の厚さに対応した周波数で振動する。振動エネルギーは、電極の中央部に集中し、基板端部に向かうにつれて減少する。一番基本となるのは、電極内で変位方向が一様な1次モードである。このとき同時に、変位方向が逆向きの二つの領域に分かれて振動する2次モード、同じく三つの領域に分かれる3次モード、それ以上の次数の振動モードも励振される。各振動モードの振動周波数は、わずかに異なる。次数が増えれば増えるほど、振動の周波数は高くなる。

同氏は、この振動モードを巧みに利用した。開発したフィルタの構造は至って単純だ。水晶基板の中央部に、近接した2組の対向電極を設けるだけだ。一方の電極は入力、他方の電極は出力として機能する。入力電極に信号を印加すると、振動が励起される。その振動は、二つの対向電極の間を漏れて伝わり、出力電極で電気信号として検出できる。つまり、フィルタとして機能するわけだ。しかも、同氏は2次モードの振動も利用し、1次モードと2次モードの振動周波数によって、フィルタの通過帯域を規定するように設計したのだ。

二つの共振子(振動子)間の振動エネルギーの結合を利用して、複数の振動モードを発生させてフィルタを実現する。こうした基本的な考え方はCMフィルタと変わらない。しかし、新たに開発したフィルタの方が素子構造は大幅に単純である。このため、小型化しやすかった。しかも、フィルタ特性の調整も簡単だった。調整すべきポイントは、二つの電極の形状と水晶基板の厚さだけ。いずれも、従来の製造技術を使って簡単に調整できた。

フィルタ特性に優れ、小型で、調整も簡単。そんな夢のようなフィルタが、中沢氏の手によって誕生した(図2)。世紀の大発明だった。同氏は、1962年(昭和37年)にこのアイデアを米国の学会で発表した(図3)。賞賛の嵐が巻き起こる。発表の後、同氏の前にはさらなる詳細を知りたい世界中の研究者による行列が延々とできていた。

その後、同氏は開発したフィルタを「HCM(High Frequency Crystal Mechanical)フィルタ」と名付けて商品化した。なお、HCMフィルタは東洋通信機の登録商標であり、水晶デバイス業界では「MCF (Monolithic Crystal Filter)」という言葉が一般用語として用いられている。

MCFはまず、超短波無線機のIFフィルタに採用された。その後、無線通信技術の進化とともに、求められるIF周波数が高まっていく。それに合わせてMCFの中心周波数を、10.7MHzを皮切りに21.4MHz、32.1MHz、さらには45MHzへと高めていった。それに従い、市場規模は急伸していった。そして、中沢氏は、「MCFの生みの親」として無線通信機や水晶デバイスの業界において広く知られることになった注6)。

注6)MCFの開発が評価され、昭和49年に「厚味滑り振動型水晶電気機械沪波器」の発明で特許庁長官賞を受賞。平成5年には科学技術庁より、「高周波二重モードフィルタの開発」で科学技術功労賞の表彰を受けた。


図2:開発当時のHCMフィルタ
水晶基板の中央部に二つの電極を設け、一方の電極で、電気信号が機械振動に変換される。これが電極間のギャップを伝わり、もう一方の電極で電気信号に復元される。従来2端子だった水晶振動子用のホルダー(保持器)に共通端子をはんだ付けし、フィルタの実験に使用した。動作確認用の実験サンプルとはいえ、水晶基板の直径は13mmもあった。現在の製品と比べると小型化の進捗が実感できる。


図3:HCMフィルタが初めて掲載された論文集
1962年のFrequency Control Symposiumに、HCMフィルタの論文を初めて投稿した。動作原理や等価回路、特性に影響を与えるパラメータ、特性例などが記載されている。なお、このシンポジウムは現在も毎年開催されている。


MCFからSAWフィルタへ

画期的な発明だったMCFにも、残念ながら限界があった。それは、70MHz程度を超える周波数には対応できなかったことである。当時の技術では、水晶基板をそれ以上、薄く加工することが難しかったからだ。従って、70MHzを超えるIFフィルタを実現するには、再び、新たな考え方を導入する必要に迫られた。

中沢氏が次に選んだのはSAW(弾性表面波)だった。SAWであれば、水晶基板の表面に作り込むIDT(Inter-Digital Transducer)と呼ばれる櫛歯状電極の間隔を狭くすれば高い周波数に対応できる。水晶デバイスの技術者であれば誰もが知っている当たり前の選択だった。従って、競合他社もSAWフィルタを手がけている。一般的なSAWフィルタの開発に今さら着手しても勝算はない。何らかの工夫が必要だった。狙いは、小型化の要求が強いページャのアンテナ段フィルタである。この用途に用いるVHF帯向けフィルタは、MCFでは到底実現できない。

そこで中沢氏は、MCFの原理をSAWフィルタに持ち込むことを試みた。二つのSAW共振子を近接配置し、二つの共振子間の音響結合により励起される異なる二つの共振周波数であるf1(1次の振動モードに対応)とf2(2次の振動モードに対応)を使ってMCFと同じ原理で機能するフィルタを実現したのだ。

それまでのSAWフィルタは、トランスバーサル型と呼ばれる手法を使っていた。これは、ある周波数の弾性表面波を励振できるIDTを水晶基板の左側と右側に作り込み、左側のIDTに電気信号を入力すると、音響波(弾性表面波)に変換され、これが基板表面を伝わり右側のIDTで電気信号に再度変換される。すなわち、特定の周波数の信号成分のみが通過できるというものだ。中沢氏の下でSAWフィルタの開発に取り組んだ田中昌喜によると、「トランスバーサル型SAWフィルタは、挿入損失が20dB程度と極めて大きいという課題を抱えていた。しかし、MCFの原理を適用することで、2~3dBに減らすことに成功した」という。

非常に大きな飛躍だった。1984年に、このSAWフィルタを市場に投入した注7)。製品化するや否や、無線通信機業界で大きな話題となった。このSAWフィルタを採用すれば、無線通信機の外形寸法とコストを大幅に削減することが可能になるからだ。

それまでページャなどの無線通信機では、RF信号をベースバンド信号に変換する際に、IF周波数を2段使うダブルコンバージョン方式を採用していた。ところが、発売したSAWフィルタをRF段に使えば、高周波領域で急峻なフィルタ特性を得られるため、IF周波数が1段で済むようになった。その分だけ、部品点数を減らせる。従って、外形寸法とコストを大幅に削減できるわけだ。

ページャでの採用が瞬く間に進む。その結果、「ほとんどのページャが、当社のSAWフィルタを採用していた」(中沢氏)という状況になった。

注7)SAWフィルタの研究開発には、中沢氏と田中昌喜のほか、森田孝夫氏と渡辺吉隆氏らがいた。

適材適所を求め、別の材料へ

SAWを用いることで、高周波化への道が開けた。しかし、これまでに開発したSAWフィルタは比帯域(中心周波数に対する通過帯域幅の比)が小さいものばかり。それは、基板材料である水晶の物理的性質による制約が存在するためである。水晶は高安定だが、比帯域の大きなフィルタには向かない材料だったのだ。

もっと帯域の広いSAWフィルタを実現できれば携帯電話機のRFフィルタに使われているセラミック・フィルタを置き換えられる。その結果、携帯電話機の小型化、軽量化に大きく貢献できる。しかも、市場規模は極めて大きい。ビジネスとしても非常に魅力的だった。

水晶がだめなら、ほかの材料がある。有用な特性を得るために、これまで慣れ親しんだ水晶だけに囚われることなく、ほかの材料にも手を伸ばした。例えば、タンタル酸リチウム(LiTaO3)やニオブ酸リチウム(LiNbO3)などである。そして、共振子の配置を変えて、音響結合の方式を変更した。これで比帯域は1ケタ広がった。しかし、それでも携帯電話機に求められる値には届かない。

「広帯域化」。これが中沢氏と彼の研究グループの合言葉となった。この目標を達成すべく、実験と議論が続いた。そして、遂に結論に至った。「1次モードと2次モードの周波数差よりも、1次モードと3次モードの周波数差の方が大きい。これを使えば、広帯域のSAWフィルタが実現できるはず」。これが突破口となった。

新しい基板材料、新しい音響結合、さらには新しい共振モード。これらを活用することで、携帯電話機に適用可能な広帯域のSAWフィルタが完成した。すぐさま、製品を市場に投入した。思った通りだった。市場での評価はすこぶる高く、大きなビジネスを獲得することに成功した。

その後、この技術をさらに磨いていく。そして、1GHzや2GHzといった高周波領域でも、損失が低く広帯域のSAWフィルタを次々と商品化していった。この結果、携帯電話機向けRFフィルタで、圧倒的に強い立場を築くに至った。

次世代につなぐ

SAWフィルタでの成功は、東洋通信機に思わぬ副産物をもたらした。それは、フォトリソグラフィ技術の高度なノウハウである。

SAWフィルタは、水晶基板にIDTを作り込むときに、フォトリソグラフィ技術を活用する。この技術を応用し、水晶基板を薄く削れば水晶振動子やMCFの高周波化が可能なことを見いだした。それまでの機械加工技術では70MHz程度までしか対応できなかったが、水晶基板の中央の振動部のみを化学的に削ることで、それ以上の周波数に対応することが可能になった(図4)注8)。

この製造技術を「HFF(High Frequency Fundamental)」と呼ぶ。この技術はその後、高周波の水晶振動子などに活用された。そして、セイコーエプソンとの統合後に誕生した新技術「QMEMS」の礎(いしずえ)となるのである。

注8)HFFフィルタの研究開発には、共同開発者として齋藤哲夫氏、森田孝夫氏、石井修氏らがいた。


図4:SAWフィルタ開発当時の中沢氏(右)
1977年、もしくは1978年に、東洋通信機 相模事業所(現セイコーエプソン湘南事業所)のクリーンルームで撮影した写真である。


山下勝己(テクニカル・ライター)

(次回に続く)

interview

中沢 祐三氏
1953年に東北大学工学部通信工学科を卒業後、同年に東洋通信機に入社した。入社後は、一貫して水晶デバイスの開発に従事。CMフィルタやHCMフィルタ、SAWフィルタなどの新しいデバイスを開発し、世に送り出した。1984年に研究開発部デバイス研究室長、1992年に中沢特別研究室長などを務める。趣味は、クラシック鑑賞、絵画鑑賞、仏像鑑賞、陶芸品鑑賞など。「技術は芸術に通じる」(同氏)という。

QMEMSはセイコーエプソン株式会社の登録商標です。

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